釣り人の有馬といいます。

岩手県西和賀町(にしわがまち)を流れる和賀川と、その支流をメインフィールドにしルアーフィッシングを趣味としている30代です。

YouTubeでNishiwagabitoという渓流ルアーフィッシングを中心としたチャンネルを公開していて、動画中は、リアクション以外ほとんどしゃべり無しなので、このブログで補足していきたいと思っています。そのうち、こちらの方がメインになるかもしれません。
後ろ姿

釣り歴

本格的に釣りをしているのが、YouTubeでチャンネルを始めたここ4年くらいです。それまでは、趣味ではありましたが、引っ越しもわりと多かったので、まあそこそこにという感じでした。下に、これまでの釣り歴を書いていきたいと思います。

小学校高学年


渓流で餌釣りを覚える。

近所に釣具店もなかったので、ホームセンターで道具を揃えた覚えがあります。餌は、ミミズとブドウ虫が多かったと思います。
今思えば、川の流れをよむ良い経験になったと思っています。

中学生


バスフィッシングが人気になり、憧れたのち、渓流ルアーフィッシングを始める。

この当時バスフィッシングがかなり人気になり、テレビなんかでもやっていたので、ルアーかっこいいなぁなんて感じで思っていましたが、地元にはバスがいないため、あきらめかけていました。

でも、たしか釣り雑誌だったと思うのですが、トラウトもルアーで釣れるという記事を発見し、とりあえずバスタックルにスピナーを付けてデビューしてみました。

デビュー日に釣り上げることはできませんでしたが、岩魚がチェイスしてきたので、これはいけると思い、この趣味がスタートしました。あの感覚は今でも覚えているので、僕の人生を変えた瞬間だったと思います。

高校生


渓流ルアーフィッシング継続。

ただ、中学生からギターを始めたこともあり、1位がギターで、釣りは2位という感じでしたかね。ミノーは、この頃から使っていたと思います。メーカーは忘れましたが、5cmくらいの金のミノーを多用していたような気がします。

上京と最初の就職


5、6年関東にいたので、釣りは帰郷した時のみ。
釣りの記憶は、あまり無い時期です。

2005年~2008年あたり


岩手に戻り釣りを再開する。ここで、やっとウェーダーを購入し、まともな釣りスタイルになってくる。

この頃は、県南に住んでいたので、気仙川や衣川あたりにも行っていました。D-コンタクトをメインに使用するようになったのがこの頃だったと思います。

2009年~2010年あたり


リーマンショックのあおりを受けて、東京に行ったり、地元に戻ったりなかなか不安定な時期。

この頃は、釣りどころじゃなかったというのが本音かもしれません。ただ、それなりにはしていたと思いますが、釣りの記憶はあまり無い。

2011年~2013年


東日本大震災があり、人生を考えた時期でもあります。
この頃は、盛岡に住んでいたので、閉伊川水系や雫石川水系にも行っていました。

2014年~


メインフィールドを完全に地元の西和賀町に移し、YouTubeチャンネルを始める。

個人的に、リーマンショック、東日本大震災を通し、どうも今の単純な延長線上の未来は無いのかなぁと考えるようになりました。
そして、地方消滅論のインパクト。地元は正に対象地域なので、小さくても何かできないか数年考えていました。

そこで、始めたのがこのYouTubeチャンネル

ただの趣味のチャンネルですが、「西和賀町」と検索窓に打たなくても、違うキーワードで地元が出てくれば、ほんの少しの人の動きと、ほんの少しのお金の流れをミリ単位ではあっても変えられるかもしれないという思いで始めました。
まぁ、物凄く小さな動きではありますが、動かないよりはマシかと。

というわけで、いつまで続けていけるかわかりませんが、どうぞよろしくお願いします。